片麻痺(hemiplegia)による歩行障害は、脳梗塞後遺症として多く見られ、正常歩行(normal gait)と比べて大きな違いが生じます。歩行は日常生活の基本的な機能の一つであり、片麻痺患者にとってはリハビリテーションの主要な目標となります。
この記事では、作業療法士として、片麻痺と正常歩行の違いを、歩行メカニズム、筋肉と関節の機能、重心移動、バランス、エネルギー効率、そして歩行周期(gait cycle)の観点から解説します。
目次
歩行の基本メカニズムの違い
正常歩行では、左右の足がバランスよく交互に動き、滑らかなリズムで前進します。一方、片麻痺歩行では、麻痺側(paretic side)の筋肉や神経機能に障害があるため、歩行メカニズムが大きく変化します。
正常歩行
正常歩行では、左右対称の動きが行われ、両足が均等に地面を踏みしめます。この時、体重移動が適切に行われ、全身の協調運動(coordination)が見られます。特に、以下の3つの特徴が正常歩行にはあります。
- 左右対称のリズム:両足が交互に動き、リズムよく体が前進する。
- 適切な体重移動:体重が均等に左右の足に移動し、バランスが保たれる。
- 滑らかな重心移動:歩行中、重心がスムーズに前後左右に移動する。
片麻痺者の歩行
片麻痺者の歩行では、麻痺側の機能障害により以下のような変化が見られます。
- リズムの崩れ:麻痺側の動きが制限されるため、健側(non-paretic side)に頼りすぎる結果、歩行リズムが崩れます。
- 体重移動の困難:麻痺側の足に体重をかけるのが難しくなり、健側に体重が偏ります。
- 不安定な重心移動:重心が適切に移動しないため、バランスが崩れやすく、転倒のリスクが高まります。
筋肉と関節の機能の違い
片麻痺では、特に麻痺側の筋肉が十分に機能的に動かないため、筋力の低下(muscle weakness)や関節可動域制限(range of motion limitation)が生じます。
正常歩行の筋肉と関節の働き
正常歩行では、以下のように筋肉と関節が機能します。
- 股関節(hip joint):股関節は歩行中に体を支え、足を前方に動かすための可動域を提供します。
- 膝関節(knee joint):膝関節は、立脚期と遊脚期の両方で重要な役割を果たし、歩行のリズムを保ちます。
- 足関節(ankle joint):足関節は、足の背屈(dorsiflexion)や底屈(plantarflexion)を制御し、歩行中の安定性と推進力を提供します。
片麻痺者の歩行の筋肉と関節の問題
片麻痺者の歩行では、麻痺側の筋力が低下し、以下のような問題が生じます。
- 筋力低下:麻痺側の筋肉は、神経伝達が阻害されているため、十分な力を発揮できません。特に足首の背屈が制限されることで、歩行中につま先を引きずる(drop foot)ことがよく見られます。そして、健側といわれる非麻痺側が代償活動が目立つことが特徴です。
- 痙縮(spasticity):片麻痺患者では、筋肉が過度に緊張する痙縮が発生し、関節の動きが制限されます。これにより、足を持ち上げる動作が困難になります。
- 関節の硬直(joint stiffness):関節が硬直し、特に股関節や膝関節がスムーズに動かなくなることが多いです。
重心の移動と姿勢の違い
正常な歩行では、重心(center of gravity)が左右均等に移動し、前進が安定します。片麻痺歩行では、重心移動が困難になり、不安定な姿勢(postural instability)が特徴的です。実際に片麻痺者の方の頭にカメラをつけて歩行をすると、重心移動が大きくなることが確認されています。
正常歩行の重心移動
- 歩行中、体の重心はスムーズに左右交互に移動し、姿勢が安定します。
- 骨盤や肩が均等に動くため、上半身と下半身が協調的に働きます。
片麻痺者の歩行の重心移動
- 麻痺側に体重をかけるのが難しく、健側に依存する歩行になります。これにより、体のバランスが崩れやすくなります。
- 特に、体幹を傾けたり、麻痺側の足を円を描くように外側に回す「分回し歩行」が見られ、歩行が努力的であり、不自然になります。
協調性とバランスの違い
正常歩行では、四肢(limbs)や体幹(trunk)が協調して働くため、滑らかな歩行が可能です。一方、片麻痺者の歩行では協調性が低下し、バランスが崩れやすくなります。そのため視覚での姿勢制御が強くなり、感覚を取り込んだバランスが減り、より転倒のリスクが高くなります。
正常歩行の協調性
- 手足がリズムよく交互に動き、体幹も安定しています。
- バランスは自動的に調整され、転倒のリスクが低いです。
片麻痺者の歩行の協調性とバランス
- 麻痺側の動きが制限されるため、歩行中のバランスが取りにくく、転倒リスクが高まります。
- 麻痺側の足が十分に持ち上がらないため、つまずきやすく、特に初期遊脚期(initial swing phase)でつま先が地面に引っかかることがあります。
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エネルギー消費の違い
正常歩行はエネルギー効率が高く、長時間歩いても疲労が少ないのが特徴です。片麻痺者の歩行では、麻痺側が機能しないため、健側(非麻痺側)に過度の負担がかかり、エネルギー消費が増加します。人によっては、杖で手首を痛めたり、代償活動によって腰痛となる方もいらっしゃいます。
正常歩行のエネルギー効率
- エネルギー効率が高く、疲労感が少ないです。
- 歩行速度が一定で、リズムが保たれます。
片麻痺者の歩行のエネルギー消費
- 健側(非麻痺側)に頼ることでエネルギー消費が増加し、短距離でも疲れやすくなります。
- 麻痺側の足を持ち上げる動作が困難なため、歩行が重労働となります。分回し歩行での代償もエネルギーを多く使います。
歩行周期による違い
歩行周期は、歩行中の足の動きの一連の流れを示します。歩行周期には**立脚期(stance phase)と遊脚期(swing phase)**の2つの主要フェーズがあり、片麻痺歩行ではこれらに大きな違いが生じます。
正常歩行の歩行周期
- 立脚期(stance phase):地面に足をつけている時間で、通常歩行周期の60%を占めます。
- 遊脚期(swing phase):足が地面から離れている時間で、歩行周期の40%を占めます。
- 両足がバランスよく交互に動き、リズムよく前進します。
片麻痺者の歩行の歩行周期
- 立脚期の短縮:麻痺側の立脚期が短縮し、早く遊脚期に移行します。これにより、健側の立脚期が長くなり、体重を片側で支える時間が増加します。
- 遊脚期の遅延:麻痺側の足を持ち上げるのが難しく、足を円を描くように動かす「サーカムダクション」が見られます。
結論
片麻痺者の歩行と正常歩行の違いは、歩行メカニズム、筋肉と関節の機能、重心移動、バランス、エネルギー効率、歩行周期など多岐にわたります。片麻痺患者の歩行改善には、筋力強化、バランス訓練、協調性の向上が重要です。リハビリテーションを通じて、片麻痺患者は歩行能力を向上させ、生活の質を改善することが可能です。
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