
この記事を書いたのは
睡眠オタクな作業療法士 石垣貴康です。
医療現場で延べ3万人以上の睡眠と身体の悩みに向き合い、現在は三重県で「眠りのコツ研究所」と「Totonoe-整-」を運営しています。
国家資格である作業療法士として、姿勢や動作の専門知識をもとに、科学的かつ実践的な睡眠改善を提案しています。専門職の育成や技術指導にも携わっています。
ブログ以外にも、書籍出版や講演、教育機関での授業など、睡眠のことをお伝えしています。
本ブログでは、医学的根拠と臨床経験に基づいた“リアルに使える睡眠情報”を、誰にでもわかりやすく、かつ深掘りしてお届けしています。

目次
はじめに|脳卒中と睡眠の“見えない接点”を見逃していませんか?
脳卒中後のリハビリ場面で、こんな患者さんを見かけたことはありませんか?
- 昼間はウトウト、夜間は覚醒してナースコール
- CPAPを装着しているが装着拒否がある
- リハビリ時の集中力が続かず、学習効果にムラがある
このような背景には、**「睡眠障害」**が潜んでいる可能性があります。
実は、脳卒中後の患者の50%以上に何らかの睡眠の問題があるとされており(Bassetti et al., 2015)、回復・再発予防・リハビリ効果すべてに睡眠が関係するということが近年明らかになってきました。
本記事では、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士といったリハビリ職が、脳卒中後の睡眠にどう向き合い、何をすべきかを科学的根拠に基づいて整理します。

脳卒中後の睡眠障害とは?
睡眠障害の有病率
脳卒中後の睡眠障害の頻度は、報告によって異なりますが**30〜70%**に及ぶとされ(Bassetti et al., 2015)、重症度や脳損傷部位によっても多彩な症状が出現します。
主な睡眠障害の種類
① 睡眠時無呼吸症候群(OSA)
- 脳卒中患者の約50〜70%がOSAを合併すると報告されています(Yaggi et al., NEJM, 2005)。
- 特に無症候性OSAが多く、見逃されやすい点に注意。
- OSAがあると、脳卒中の再発リスクが2倍以上に増加。
② 不眠症(入眠困難・中途覚醒・早朝覚醒)
- 急性期は環境要因(騒音・光・介助介入)が主因だが、慢性期ではうつ症状や疼痛、薬剤副作用も関与。
③ 日中の過眠傾向(EDS)
- 脳幹部・視床の病変で起こりやすい。
- 覚醒レベルの低下によりリハビリ効果が出にくくなる。
④ 概日リズム障害(昼夜逆転)
- 環境因子と体内時計の同調異常が複合。
- 長期入院・施設入所ではベッド上での生活となるため、より顕著となりやすい。
⑤ その他:レム睡眠行動障害、PLMDなど
- 睡眠時の四肢運動が頻回で熟眠を妨げる。
- ベンゾジアゼピンの副作用としても出現しやすい。

睡眠不足が脳機能回復を阻害する科学的根拠
① 神経可塑性の低下&脳卒中後回復の遅延
睡眠は神経可塑性(neuroplasticity)を促進する時間帯とされており、損傷後の機能再編成に不可欠です。
- 研究報告① Huber et al. (2004) は、脳卒中モデルにおいて、損傷領域の周囲で睡眠中の徐波活動(SWA)が増強されることを報告。これは、脳が“再配線”を行っている証拠であり、SWAが回復に寄与していると示唆されています。
➤ 睡眠不足ではこのSWAが抑制され、回復が遅れる懸念。 - 研究報告② Girard et al. (2014) は、ラットの脳卒中モデルで睡眠剥奪が神経新生(ニューロンの再生)とシナプス形成を妨げることを示しました。
② 記憶・学習・運動習得の低下
- 臨床研究(Walker et al., 2002) 健常者に対する運動スキル学習課題において、睡眠を挟んだ群の方が動作の精度と速度が顕著に向上。
→ この効果は脳卒中患者でも観察され、リハビリで学んだスキルが睡眠によって定着すると考えられています。 - 応用例:日中にリハビリを行い、その直後に短時間の仮眠を導入することで、運動学習の保持率が増加した研究報告もあります(Al-Sharman et al., 2019, J Clin Sleep Med)。
③ グリア機能・老廃物クリアランスの阻害
- Xie et al., Science, 2013 睡眠中、グリア細胞が脳脊髄液の循環を促進し、アミロイドβなどの代謝老廃物を除去する“グリンパティック系”が活性化する。
→ 睡眠不足ではこの機能が低下し、神経炎症・酸化ストレスのリスク増大。 - リハ的視点:
- 脳の修復期に炎症や老廃物が蓄積されると、再生の効率が低下。
- 認知機能や感情制御にも悪影響を及ぼす可能性。
④ 認知・情動の回復に対する影響
- 睡眠不足は前頭前野の活動低下を引き起こし、実行機能・注意力・意思決定などの高次脳機能の回復を妨げる。
- 関連研究(Van Dongen et al., 2003) 睡眠不足が累積すると、認知機能・注意力・反応時間が直線的に低下することを示し、これは脳卒中後のADL・IADL獲得や社会復帰にも大きな影響を与える。

睡眠と神経可塑性の関係|リハ効果を最大化する鍵
睡眠は、単なる「休息」ではなく、神経回路の再構築と記憶定着を支える重要な時間です。
睡眠中の脳では何が起きているのか?
- ノンレム睡眠中:神経活動が低下し、グリア細胞が脳内の老廃物(アミロイドβなど)を除去。
- レム睡眠中:運動学習・感情記憶の再生・強化が起こる。
🧠Diekelmann & Born (2010):「脳は睡眠中に“情報の選別と統合”を行っており、記憶の再固定には良質な睡眠が不可欠」
リハビリ場面における意味
- 午前中にリハを行い、**午後に短い昼寝(20〜30分)**を取った患者群では、学習保持率が向上した報告あり(Walker MP et al., Nat Neurosci. 2002)。
- 連日リハを繰り返す中で、睡眠が“定着の場”になることを意識する必要があります。
睡眠不足と脳卒中再発リスク
慢性的な睡眠不足は、以下のような影響を及ぼします。
影響 | 説明 |
---|---|
血圧上昇 | 睡眠不足は交感神経優位を促進し、高血圧を誘発 |
炎症性サイトカイン増加 | IL-6、TNF-αなどが慢性炎症を助長 |
血糖調節不良 | インスリン抵抗性が上昇し、糖尿病悪化に |
自律神経失調 | HRV低下により心血管イベントのリスク上昇 |
Yaggi et al.(NEJM, 2005)の大規模研究では、OSAに対してCPAP療法を導入することで再発リスクを63%軽減できたと報告されています。
睡眠評価と介入|リハ職ができることは?
評価ツール
ツール名 | 内容 | 利用可能者 |
---|---|---|
PSQI(ピッツバーグ睡眠質問票) | 主観的な睡眠質の評価 | 誰でも可 |
ESS(エプワース眠気尺度) | 日中の眠気評価 | 誰でも可 |
アクチグラフ | 睡眠-覚醒リズムを定量的に評価 | 医師連携で |
非薬物的介入(スリープハイジーン)
① 光のコントロール
- 朝起床時に3000〜5000luxの強い光を浴びる。朝を起きたらカーテンを開ける。
- 夜間は遮光カーテン+間接照明。暗く落ち着いた環境で夜は過ごしましょう。
② 運動のタイミング
- 午前中の軽運動は、夜間の深睡眠を促進
- 夕方以降の運動は覚醒を助長するため注意。ただ、早く寝過ぎて早朝覚醒するシニアの方には夕方の運動をわたしは勧めてます。
③ 生活スケジュールの設計
- リハビリは朝食後〜午前中、昼一に
- 昼寝は15時前まで、30分以内に限定
④ 食事とカフェイン

事例紹介|睡眠改善でQOLが向上したケース
80代男性、右被殻出血後の中等度左片麻痺・軽度の高次脳機能障害あり。
- Before:
- 夜間2〜3回覚醒
- 昼間傾眠により転倒リスクあり
- リハ中の集中力低下、協調動作習得に難航
- Intervention:
- 起床時の遮光カーテン開放、朝光浴導入
- 食事・排泄・入浴時間の一貫性を強化
- 昼寝制限と就寝前の照明環境改善
- 夕方以降テレビを見ながら寝るのを規制
- After(2週間後):
- 夜間覚醒が1回未満に
- 昼間の覚醒度向上
- PTの歩行練習でステップ幅・リズム安定

チームで進める“睡眠支援”の時代へ
職種 | 着目ポイント |
---|---|
ST | 無呼吸症候群の聴取・スクリーニング |
PT | 日中活動量・リズム形成支援 |
OT | 環境調整・就寝前行動の習慣化 |
看護師 | 夜間ケア介入タイミングの調整 |
医師 | 睡眠障害診断・治療(薬剤/CPAP導入) |

まとめ|“眠れているか?”という問いをチームで共有しよう
脳卒中リハにおける「睡眠」は、単なる生活習慣の一部ではなく、回復の質・スピード・安全性に直結する因子です。
睡眠を見直すことで
- リハビリ効果の定着
- 再発リスクの軽減
- 日中のQOL向上
という、複数の臨床ゴールに貢献できます。
ぜひ明日から、
「この患者さん、昨夜はよく眠れていましたか?」
というひと言をチームで交わしてみてください。
▼気になる記事3選▼

\書籍はWEBで購入可/

\睡眠オタのYouTubeチャンネル/

\どんな活動してるの?/

よくある質問(FAQ)
Q. CPAP療法の導入はリハビリ職(PT・OT・ST)も関与してよいのでしょうか?
🩺 医師の診断と処方が前提ですが、リハ職が「睡眠時無呼吸症候群(OSA)」の影響に気づき、周囲と連携して働きかけることは非常に重要だと思います。
脳卒中後のOSA(特に閉塞型)は再発リスクを2倍以上に高めるとされており(Yaggi et al., NEJM 2005)、早期の気づきと対応が必要です。
特に言語聴覚士(ST)は、構音・嚥下評価の中でいびき・日中傾眠・覚醒頻度などを聴取できます。
また、CPAP(持続陽圧呼吸)治療は装着感に不快や不安を伴うことも多いため、OT・看護師・STが連携して以下を行うと良いでしょう。
- 「マスクの圧迫感」や「騒音」に対する心理的サポート
- 装着中のコミュニケーション手段(ホワイトボード・ジェスチャーなど)の用意
- 寝姿勢やマスク位置の調整による睡眠の質(Sleep Quality)の向上支援
👉 「CPAP導入+患者教育+環境調整」は、チームで支えるべき“リハビリ的呼吸介入”です。
Q. 睡眠薬(ベンゾジアゼピンなど)は脳卒中患者にも有効ですか?
💊 原則として、脳卒中患者や高齢者への睡眠薬の使用は“慎重に”が大前提。非薬物療法(睡眠衛生指導・生活習慣介入)を第一選択とすべきです。
理由としては、
- ベンゾジアゼピン系は認知機能の低下・せん妄リスクの増加を引き起こす可能性があります(特に夜間せん妄や転倒リスク)。
- Z薬(ゾルピデム等)も睡眠構造を乱すという報告があり、脳可塑性の観点からはマイナスに働く場合があります。
- メラトニン受容体作動薬(ラメルテオンなど)は比較的安全ですが、単独での効果は限定的。
👉 “眠れる環境”を整えるリハ的視点(光・運動・就寝儀式の設計)こそ、脳卒中後の睡眠障害における中核的アプローチです。
Q. 施設入所や入院直後に「睡眠の質」が明らかに悪化するのはなぜですか?対策はありますか?
🏥 睡眠の質(Sleep Quality)の悪化は、“急激な環境変化”による概日リズムの乱れや感覚過敏が原因とされます。対策次第で改善は十分可能です。
脳卒中後の入所・入院では、以下のような睡眠障害のリスク因子が存在します。
- 照明・音・温度・他者の動作など感覚刺激の過多
- ナースコール・排泄介助など夜間の断続的な覚醒
- 規則性のないスケジュールによる体内時計のずれ
これらに対して、リハ職が実践できる睡眠支援は以下の通り。
- 朝の起床時間と光環境の一貫性(自然光 or 高照度光を活用)
- 就寝前の活動低下・リラクゼーション導入
- 新しい環境への適応(共に動く)
- 騒音・まぶしさ・寒暖差の環境調整
また、初回アセスメント時に“睡眠歴”を必ず記録することで、早期からの介入が可能になります。
👉 「施設の生活が合わない」のではなく、「体内リズムに合っていないだけ」。の可能性あり。睡眠も“リハビリ対象”として扱う視点が求められます。
参考文献
- Bassetti CL, et al. Sleep and stroke: basic and clinical evidence. Nat Rev Neurol. 2015.
- Yaggi HK, et al. Obstructive sleep apnea as a risk factor for stroke and death. NEJM. 2005.
- Diekelmann S, Born J. The memory function of sleep. Nat Rev Neurosci. 2010.
- Walker MP, Stickgold R. Practice with sleep makes perfect: sleep-dependent motor skill learning. Nat Neurosci. 2002.
- American Academy of Sleep Medicine (AASM) Guidelines.
- 世界保健機関(WHO)リハビリテーションガイドライン