
この記事を書いたのは
睡眠オタクな作業療法士 石垣貴康です。
医療現場で延3万人以上の睡眠と身体の悩みに向き合い、「動きと休息のすゝめ」をベースに、現在は「Totonoe-整-」を運営しています。
国家資格である作業療法士として、姿勢や動作の専門知識をもとに、科学的かつ実践的な睡眠改善を提案しています。専門職の育成や技術指導にも携わっています。
ブログ以外にも、書籍出版や講演、教育機関での授業など、睡眠のことをお伝えしています。
本ブログでは、医学的根拠と臨床経験に基づいた“リアルに使える睡眠情報”を、誰にでもわかりやすく、かつ深掘りしてお届けしています。
仕事を終えて家に帰った。
身体は職場を離れている。
それなのに、頭の中では仕事が続いている。
上司に言われた一言。
納得できなかった対応。
職場の人間関係。
明日も同じことが起こるかもしれないという不安。
「あの言い方は何だったんだろう」
「自分が悪かったのかな」
「明日は、どう振る舞えばいいのだろう」
考えたくて考えているわけではありません。
忘れようとしても、勝手に頭の中へ出てきます。
本当は家族の話を聞きたい。
子どもと遊びたい。
一緒に食事をして、ゆっくり過ごしたい。
それなのに、目の前に大切な家族がいるのに、心はまだ職場に残っている。
私自身にも、そんな経験があります。
私は睡眠について発信していますが、眠れない原因は寝室の中だけにあるとは限りません。
枕やマットレス、光、温度、音といった睡眠環境は大切です。
しかし、その前に考えなければならないことがあります。
それが、職場のストレスや人間関係です。

職場のストレスを抱えているのは、あなただけではない
厚生労働省の令和6年「労働安全衛生調査」では、現在の仕事や職業生活に関して、強い不安、悩み、ストレスとなっている事柄がある労働者は68.3%でした。
つまり、働く人の約3人に2人が、仕事に関する強いストレスを抱えていることになります。
仕事では、業務量や責任だけでなく、さまざまなことに神経を使います。
上司や同僚との関係。
周囲からの評価。
失敗できないという緊張感。
理不尽な言葉や態度。
誰かの機嫌を損ねないための気遣い。
自分の考えを伝えられない職場の空気。
仕事そのものより、人間関係によって疲れている人も少なくありません。
だから、今つらい人に伝えたいことがあります。
あなたが弱いから、眠れなくなったわけではありません。
毎日のように緊張や不安を感じる環境にいれば、仕事が終わった後も心が落ち着かなくなるのは、決して不自然なことではありません。
生活があるから、簡単には仕事を辞められない
「そんなに苦しいなら、辞めればいい」
周囲は簡単に言うことがあります。
しかし、現実はそれほど単純ではありません。
生活があります。
家族がいます。
家賃や住宅ローンがあります。
子どもの教育費もあります。
次の仕事が見つかる保証もありません。
転職した先で、今より良い人間関係に恵まれるとも限りません。
だから、我慢する。
自分さえ耐えればいいと思う。
もう少し頑張れば状況が変わるかもしれないと考える。
周りも耐えているのだから、自分も頑張らなければならないと思う。
そうやって、毎日職場へ向かっている人がいます。
朝、目を覚ました瞬間から仕事を考える。
通勤中も気持ちが重い。
職場では空気を読み、失敗しないように神経を張り、嫌なことがあっても感情を抑える。
ようやく仕事が終わっても、頭の中では反省会が続いている。
そして翌朝、十分に回復しないまま、また同じ場所へ向かう。
仕事は、会社にいる時間だけで終わるとは限りません。
職場で受けたストレスを、家にまで持ち帰ってしまうことがあります。
身体は家に帰っても、心はまだ職場にいる
仕事であった嫌なことを、何度も思い出してしまう。
「あのとき、別の言い方をすればよかった」
「なぜ、自分だけあのような態度を取られたのだろう」
「また明日も何か言われるかもしれない」
このように、つらい出来事や感情を繰り返し考え続けることは、一般的に「反すう」と呼ばれます。
反すうは、問題を解決するために冷静に振り返ることとは少し違います。
同じ場面や言葉が何度も頭を巡り、考えても答えが出ないのに、思考を止められない状態です。
仕事に関する反すうは、睡眠の質や疲労と関係することが研究でも指摘されています。
身体はソファに座っている。
家族と食卓を囲んでいる。
布団に横になっている。
それでも脳は、職場で起きた問題への対応を続けています。
つまり、身体は家に帰っているのに、心だけが職場に置き去りになっているのです。
「オフを楽しもう」と言われても、心から楽しめない
そのような状態の人に、
「仕事とプライベートを切り替えましょう」
「休日くらい仕事を忘れて楽しみましょう」
「運動をして気分転換をしましょう」
と伝えることがあります。
もちろん、余暇や運動は大切です。
好きな活動や適度な運動が、心身の回復を支えてくれることもあります。
しかし、私は思います。
根本に大きな悩みがあり、それが何も解決していないのに、心から楽しめるわけがありません。
明日も同じ職場へ行かなければならない。
また苦手な人に会わなければならない。
何を言われるか分からない。
自分の立場が今後どうなるかも分からない。
その不安が残ったまま、「今はオフだから楽しもう」と簡単に切り替えることはできません。
家族と出かけていても、ふと仕事を思い出す。
好きなものを食べていても、明日のことが気になる。
運動をしていても、頭の中では相手に言われた言葉を繰り返している。
笑っているように見えても、心の奥には解決していない問題が残っています。
これは、余暇を楽しむ能力がないからではありません。
気持ちの切り替えが下手だからでもありません。
心がまだ、解決していない問題に対応し続けているのだと思います。
余暇を楽しむためにも、前提が必要です
余暇は、予定を入れれば自動的に回復できるものではありません。
心から余暇を楽しむためには、
仕事から気持ちが離れていること。
今いる場所を安全だと感じられること。
目の前の人や活動に意識を向けられること。
楽しむための心の余白が残っていること。
そのような前提が必要です。
勤務時間外に、精神的にも仕事から離れることは「心理的離脱」と呼ばれます。
心理的離脱に関する研究では、仕事から気持ちを離すことは、疲労やストレスから回復するうえで重要な要素だと考えられています。
反対に、仕事の負担が大きいほど心理的に離れにくくなり、心身の回復が妨げられる可能性があります。
だから重要なのは、「休日に何をするか」だけではありません。
「なぜ、仕事から心を離せないのか」
を考えることです。
職場の人間関係が続いている。
相談しても状況が変わらない。
自分だけが責められているように感じる。
辞めたいけれど、生活のために辞められない。
明日も同じ環境へ戻らなければならない。
その状態のまま、余暇だけを充実させようとしても、根本にある悩みは残ります。
もちろん、それを忘れられるほど夢中になれる趣味や、心から安心できる人との時間があるなら、それが救いになることもあります。
しかし、それほど夢中になれるものが誰にでもあるわけではありません。
「もっと趣味を持ちましょう」
「運動しましょう」
「気分転換をしましょう」
と求めるだけでは、かえって本人を追い詰めることがあります。
楽しめない自分にがっかり。
運動できない自分にがっかり。
家族との時間を大切にできない自分を責める。
必要なのは、さらに努力を加えることではありません。
その人が楽しめなくなるほど抱えている、根本の悩みを見ることです。
苦しくなると、スマホの中に仲間を探してしまう
仕事の悩みが頭から離れないと、ついスマホを開いてしまうことがあります。
「仕事 辞めたい」
「職場 人間関係 つらい」
「会社 行きたくない」
同じように悩んでいる人はいないか。
自分の気持ちを分かってくれる人はいないか。
自分だけではないと思いたくて、スマホの中に仲間を探します。
同じ悩みを持つ人の投稿を見つけると、少し安心します。
「自分だけではなかった」
「同じようにつらい人がいる」
そう思えることには、意味があります。
誰にも相談できないとき、SNSの言葉に救われることもあると思います。
しかし、見続けているうちに、
「そんな会社はすぐに辞めた方がいい」
「我慢する意味はない」
「もう限界だ」
「仕事なんてどうでもいい」
という言葉ばかりが目に入ることがあります。
最初は共感や安心を求めていたはずなのに、気づけば自分の中にあった「辞めたい」という気持ちが、さらに強くなっていく。
SNSを見ること自体が悪いわけではありません。
ただ、苦しいときには、自分の今の感情に合う情報へ注意が向きやすくなります。
否定的な情報を繰り返し追う行動は「ドゥームスクローリング」と呼ばれることがあり、心理的苦痛や心の健康状態との関連が報告されています。
ただし、研究の多くは関連性を調べたものであり、SNSだけが直接の原因だと断定することはできません。
仕事を忘れるために開いたスマホで、職場の人間関係を調べ続ける。
会社を辞めた人の体験談を読む。
明日の仕事を想像する。
それでは、スマホを見ている間も仕事から離れられていません。
身体は家に帰っていても、心はスマホを通じて職場につながったままです。

必要なのは「スマホを見ないこと」だけではない
だからといって、「スマホを見るのをやめましょう」だけでは不十分です。
その人は、暇だからスマホを見ているわけではありません。
苦しいから見ています。
不安だから答えを探しています。
誰かに理解してほしいから、仲間を探しています。
根本にあるのは、スマホの使い方だけではありません。
誰にも言えない悩みや、解決していない職場の問題です。
スマホを閉じても、明日の仕事は残ります。
だからこそ、SNSの中だけで答えを探し続けるのではなく、現実の誰かにつながることが必要です。
家族や信頼できる人。
職場の相談窓口。
上司とは別の管理者。
人事担当者。
産業医や保健師。
医療機関や専門職。
「辞めたい」という気持ちを否定する必要はありません。
本当に環境を変えた方がよい場合もあります。
ただ、心身が消耗し、眠れず、否定的な情報ばかりを見続けているときは、考えられる選択肢が狭くなっている可能性があります。
今すぐ辞めるのか。
一度休むのか。
配置や業務内容を調整できないか。
職場以外の人に相談できないか。
医療や支援につながる必要があるか。
スマホの中にいる誰かの結論ではなく、自分の生活を守るための選択肢を整理することが大切です。
\最新の記事3つ/
職場のストレスと睡眠不足は悪循環になる
仕事を考え続ける。
スマホでも仕事に関する投稿を見る。
布団へ入っても、今日の出来事や明日の不安を考える。
これでは、脳はなかなか仕事モードを終えられません。
眠るためには、身体が横になるだけではなく、
「今は安全である」
「もう対応しなくてもよい」
と心身が感じられることが必要です。
しかし、翌日の職場に強い不安があれば、警戒を簡単には解けません。
寝つけない。
夜中に目が覚める。
朝早く目が覚める。
眠っても疲れが取れない。
睡眠不足のまま出勤すると、心の余裕はさらに失われます。
普段なら受け流せる言葉が強く刺さる。
相手の表情や言い方に敏感になる。
冷静に考える力が低下する。
自分を責めやすくなる。
また傷つく。
また考える。
そして、また眠れない。
こうして、職場のストレスと睡眠不足が、お互いを悪化させる循環が生まれます。
▼睡眠リハビリテーション▼

作業療法士として、余暇だけを勧めたくない
私は作業療法士です。
作業療法士は、身体の機能だけではなく、その人がどのような生活を送っているのかを考える専門職です。
仕事も、その人の生活を構成する作業です。
家族と過ごすこと。
食事をすること。
休むこと。
趣味を楽しむこと。
人とつながること。
それらも、その人の人生をつくる大切な作業です。
だから私は、
「運動してください」
「趣味を見つけてください」
「休日を楽しんでください」
だけで終わりたくありません。
なぜ、以前は好きだったことを楽しめなくなったのか。
何が心の余白を奪っているのか。
どの人間関係が負担になっているのか。
仕事の何を家に持ち帰っているのか。
生活の中に、安心できる時間や場所は残っているのか。
本当は何を大切にしたいのに、できなくなっているのか。
そこまで見なければ、本当の意味で生活を支えることにはならないと思っています。
余暇を支援することは、単に趣味を増やすことではありません。
その人が余暇を心から楽しめる生活を取り戻すことです。
▼よく読まれる記事▼
私が本当に守りたいもの
私は睡眠オタクです。
でも、本当に守りたいのは、睡眠だけではありません。
職場の人間関係に悩み、生活のために働き、会社を出ても仕事が頭から離れず、家族といる時間さえ心から楽しめなくなる人。
動いた方がいいと分かっていても動けない。
楽しんだ方がいいと分かっていても楽しめない。
スマホの中に仲間を探しながら、さらに不安を強くしてしまう。
そして、そのような自分を責め、少しずつ心がすり減っていく。
そんな人を、一人でも減らしたいと思っています。
家族と笑う時間。
好きなことに夢中になる時間。
何も考えずに休める時間。
明日を怖がらずに眠れる夜。
仕事は、人生の大切な一部です。
しかし、仕事が人生のすべてを奪ってよいわけではありません。
睡眠を整えることは、ゴールではありません。
その人が、もう一度自分の生活を取り戻すこと。
そのために、睡眠だけではなく、職場のストレスや人間関係、余暇、家族との時間まで見られる作業療法士でありたいと思っています。
「これ、自分だけじゃないかも」と感じたら、同じように悩んでいる人にもシェアしてあげてください。
\過去の講演情報など/

睡眠の質を高めるために知っておきたい公的エビデンス
睡眠の質は「なんとなく良い・悪い」で判断するものではなく、科学的にも明確な指標や推奨が存在します。
例えば、厚生労働省では生活習慣や環境が睡眠に与える影響について詳しく解説されており、日中の活動量や光の使い方、就寝前の行動が睡眠の質を左右することが示されています( 厚生労働省 睡眠対策ページ)。
また、最新の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」では、適切な睡眠時間や生活リズムの整え方が具体的に示されており、特にスマートフォンの使用や夜間の光環境が睡眠に大きな影響を与えることが明記されています( 睡眠ガイド2023(厚生労働省))。
さらに、国立精神・神経医療研究センターのガイドラインでは、不眠や日中の眠気といった睡眠障害のメカニズムや対処法についても詳しく解説されており、医学的な視点からも睡眠の重要性が示されています( 睡眠障害ガイドライン(NCNP))。
国際的にも、WHO(世界保健機関)は睡眠を健康の重要な要素と位置づけ、身体活動や生活習慣と並ぶ「健康の柱」として推奨しています( WHO 睡眠に関するガイドライン)。
このように、睡眠は個人の感覚だけでなく、国内外の研究や公的機関によってその重要性が裏付けられています。
だからこそ「なんとなく」ではなく、根拠に基づいた習慣づくりが重要になります。
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参考文献・参考資料
- 厚生労働省「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)結果の概況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/r06-46-50_gaikyo.pdf - 仕事に関する反すうと睡眠・疲労についての研究
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9372524/ - 仕事からの心理的離脱と回復についての研究
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11731735/ - Harvard Health Publishing「Doomscrolling dangers」
https://www.health.harvard.edu/mind-and-mood/doomscrolling-dangers



