
この記事を書いたのは
睡眠オタクな作業療法士 石垣貴康です。
医療現場で延3万人以上の睡眠と身体の悩みに向き合い、「動きと休息のすゝめ」をベースに、現在は「Totonoe-整-」を運営しています。
国家資格である作業療法士として、姿勢や動作の専門知識をもとに、科学的かつ実践的な睡眠改善を提案しています。専門職の育成や技術指導にも携わっています。
ブログ以外にも、書籍出版や講演、教育機関での授業など、睡眠のことをお伝えしています。
本ブログでは、医学的根拠と臨床経験に基づいた“リアルに使える睡眠情報”を、誰にでもわかりやすく、かつ深掘りしてお届けしています。
眠っているとき、私たちの身体は何もしていない。
なんとなく、そんなイメージを持っていませんか?
身体を横にして、目を閉じて、意識がなくなる。
外から見ると、確かに動きは少なくなります。
でも、睡眠について調べていくと、眠っている身体は決して何もしていないわけではないことが分かります。
むしろ、かなり複雑なことをしています。
ただし、起きているときとは違う方法で、脳と身体が働いているんですよね。
その中でも、私が特に面白いと思っているのが、REM睡眠中に起こる筋抑制です。
REM睡眠では、脳は比較的活発に活動しています。
夢の中で走ったり、誰かと話したり、何かから逃げたり、ときには誰かと戦ったりすることもあります。
それなのに、現実の身体はほとんど動きません。
不思議だと思いませんか?
夢の中では全力で走っているのに、実際の身体はベッドの上にある。
なぜならREM睡眠中の脳は、筋肉へ向かう運動指令に強いブレーキをかけているからです。
これは、筋肉が疲れて休んでいるという単純な話ではありません。
脳がREM睡眠という状態を成立させるために、身体の運動出力を積極的に抑えているのです。
私はこの仕組みを知ったとき、こう思いました。
動かすことだけが運動制御ではない。
動かさないことも、高度な運動制御なんだ。
私たちは運動制御と聞くと、歩く、手を伸ばす、姿勢を保つといった「身体を動かす仕組み」を想像しやすいと思います。
でも、眠るためには、身体を動かさない仕組みも必要です。
しかも、すべてを完全に停止させるのではありません。
呼吸は続ける。
眼球は動かす。
ときどき手足は小さくぴくっと動く。
一方で、姿勢を保つための骨格筋には強いブレーキをかける。
こういう細かな使い分けが、私たちの知らないところで毎晩行われています。
面白くないですか?
今回は、REM睡眠中の筋抑制がどのように起こり、どのような意味を持っているのかを、睡眠オタクな作業療法士の視点から掘り下げてみます。

REM睡眠では、脳と身体が違う状態にある
睡眠は、大きくREM睡眠とノンREM睡眠に分けられます。
REMとは「Rapid Eye Movement」の略で、日本語では「急速眼球運動」と訳されます。
REM睡眠中は、まぶたの下で眼球が素早く動きます。
脳波も、深いノンREM睡眠とは異なり、覚醒時に近い活動性を示します。
その一方で、姿勢を保つための骨格筋の緊張は大きく低下します。
つまりREM睡眠では、次のような一見すると矛盾した状態が起きています。
- 脳は比較的活発に活動している
- 眼球は素早く動いている
- 鮮明な夢を体験することがある
- しかし、身体の大部分は動かない
そのためREM睡眠は、かつて「逆説睡眠」「パラドキシカルスリープ」とも呼ばれてきました。
脳は起きているように見える。
でも身体は眠っている。
確かに、逆説的なんですよね。
このREM睡眠中に起こる骨格筋の著しい筋緊張低下を、REM睡眠筋無緊張、英語では「REM sleep atonia」といいます[1]。
ただし、「REM睡眠では、全身が完全に麻痺する」と表現するのは、少し正確ではありません。
呼吸を続けるための横隔膜は活動しています。
眼球を動かす外眼筋も働いています。
また、全身の筋緊張が低下した状態を背景として、手足や顔が一瞬ぴくっと動くこともあります。
つまりREM睡眠中の身体は、すべての運動機能を停止しているわけではありません。
必要な運動は残しながら、睡眠中には不要な運動出力を選択的に抑えている。
こちらの表現の方が、実際の生理現象に近いと思います。
身体を丸ごと止めるのではないんです。
呼吸のように、生きるために必要な運動は残す。
夢の中の行動が現実の身体へ出ないように、姿勢筋や四肢の筋活動は抑える。
必要なものと、今は必要のないものを分けている。
これ、かなり高度な制御だと思いませんか?
REM睡眠の筋抑制は、筋肉の電源を切ることではない
REM睡眠になると、筋肉そのものの電源が切れるわけではありません。
変化しているのは、脳から筋肉へ運動指令を伝える神経回路です。
私たちが身体を動かすためには、最終的に脊髄や脳幹にある運動ニューロンが活動する必要があります。
運動ニューロンが電気信号を発生させ、その信号が末梢神経を通って筋肉へ届くことで、筋収縮が起こります。
REM睡眠中は、この運動ニューロンが活動しにくい状態へ切り替えられます。
その中心的な役割を担うと考えられているのが、橋背側部にあるREM睡眠関連領域です。
動物研究では、特にSLD:sublaterodorsal nucleusと呼ばれる領域のグルタミン酸作動性ニューロンが、REM睡眠の筋無緊張に重要であることが示されています[1]。
SLDからの信号は、延髄腹内側部に存在するGABA・グリシン作動性ニューロンなどを介して、脊髄の運動ニューロンへ伝えられます。
その結果、運動ニューロンの活動が抑えられ、姿勢保持筋を中心とした骨格筋の緊張が大きく低下すると考えられています。
流れをかなり単純化すると、次のようになります。
橋のREM睡眠関連領域
↓
延髄の抑制性ニューロン
↓
脊髄・脳幹の運動ニューロンを抑制
↓
骨格筋への運動出力が低下する
簡単に言えば、脳幹から脊髄へ向かって、
今は大きく動かなくていいですよ。
という信号が送られているようなものです。
ただし、ここからが少しオタクな話です。
REM睡眠の筋抑制は、単にGABAやグリシンという抑制性神経伝達物質が働くだけでは説明できません。
覚醒中、運動ニューロンはセロトニンやノルアドレナリンなどの入力によって、活動しやすい状態に保たれています。
ところがREM睡眠になると、こうした興奮性入力も大きく低下します。
つまり、REM睡眠中には、次のような複数の仕組みが同時に働いていると考えられています。
- 運動ニューロンへの抑制性入力が加わる
- 運動ニューロンを支えていた興奮性入力が減る
- 筋肉や感覚から戻る情報の処理も変化する
- 筋肉や機能ごとに異なる制御が行われる
以前は、「グリシンによる抑制が、REM睡眠の筋無緊張をつくる」と説明されることが多くありました。
しかし、グリシンやGABAの受容体を遮断しても、筋無緊張が完全には解除されなかった動物研究もあります[3]。
現在では、単一の神経伝達物質だけではなく、抑制性入力の増加と、興奮性入力の低下が組み合わさった複雑な現象として理解されています。
これを少し分かりやすく表現するなら、
アクセルから足を離しながら、同時にブレーキを踏んでいる。
というイメージです。
アクセルを緩めるだけではない。
ブレーキをかけるだけでもない。
両方を組み合わせることで、運動ニューロンを活動しにくくしているんですよね。
しかも、すべての筋肉に同じ強さでブレーキをかけているわけではありません。
呼吸など、眠っている間にも必要な活動は残す。
姿勢保持など、REM睡眠中には抑えたい活動は弱める。
筋肉ごと、機能ごとに制御を変えています。
私たちはただ眠っているだけなのに、脳幹ではかなり精密な交通整理が行われているわけです。
こういう仕組みを知ると、睡眠を「意識を失っているだけの時間」とは、もう見られなくなりませんか?
なお、こうした神経回路の詳細は、主にマウス、ラット、ネコなどの動物研究から明らかになったものです。
人間でも橋や延髄を含む脳幹回路の関与が強く示唆されていますが、動物で確認された回路が、そのまま人間にも当てはまると断定できるわけではありません。
ここは、分かっていることと、まだ推測の段階にあることを分けておく必要があります。
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なぜ、わざわざ身体を動かなくするのか
では、なぜ脳は、REM睡眠中にわざわざ身体を動かなくするのでしょうか。
最も分かりやすいのは、夢の中の行動を、現実の運動にしないためです。
夢の中では、歩く、走る、戦う、逃げる、飛び降りる、物を投げるなど、さまざまな行動が起こります。
それでも、夢の中で走っている私たちが、実際にベッドから走り出すことは通常ありません。
夢の中では必死に走っているのに、身体は布団の中にいる。
よく考えると、不思議ですよね。
脳内では運動に関わる活動が起きていても、その活動がそのまま筋肉へ出力されないように、運動系の出口にブレーキがかけられています。
その結果として、夢の中の行為と、ベッドの上にある現実の身体が切り離されます。
これは、自分自身や隣で眠る人を守る安全装置として機能していると考えることもできます。
ただし、「REM睡眠の筋抑制は、夢の行動化を防ぐためだけに進化した」とまで断定することはできません。
夢はノンREM睡眠でもみられます。
また、REM睡眠に入っていても、毎回鮮明な夢を覚えているわけではありません。
そのため、筋抑制を単純に「夢を見ている人を守る仕組み」とだけ説明するのは不十分です。
より確実に言えるのは、次のことです。
REM睡眠中の筋抑制によって、脳内で起きている運動関連活動と、現実の身体運動が分離されている。
私は、REM睡眠を、
脳が活動しながら、身体との接続方法を一時的に変更している時間
だと捉えています。
脳と身体のつながりがなくなるわけではないんです。
つながり方が変わる。
脳内では行動が続いている。
でも、その行動を現実の身体には出力しない。
この感じ、すごく面白いと思いませんか?
「動かない」ことも、運動制御である
作業療法士は、身体を動かすことだけを見ているわけではありません。
運動を始めること。
必要なところに力を入れること。
不要な筋緊張を抑えること。
姿勢を保つこと。
目的に応じて動きを止めること。
これらを含めて、運動制御を考えます。
たとえば、コップを持つときに必要以上の力が入れば、動きは硬くなります。
歩行中にすべての筋肉が同時に強く収縮すれば、滑らかには歩けません。
身体を上手に動かすためには、筋肉を収縮させる能力だけでなく、不要な筋活動を抑える能力が必要です。
むしろ、上手な動きほど、力を入れる場所と抜く場所が整理されています。
REM睡眠では、その「抑える制御」が全身規模で起きています。
筋肉が勝手に脱力しているのではありません。
脳幹を中心とした神経回路が働き、運動ニューロンへ届く情報を調整し、身体を動きにくい状態にしています。
ここから考えると、脱力もまた、何もしないことではありません。
脱力とは、力がなくなることではない。
力を出す必要のない状態をつくり、出力を抑えられることである。
私は、こう思っているんですよね。
臨床でも、「力を抜いてください」と伝えるだけでは、筋緊張が下がらないことがあります。
痛みがある。
転びそうで怖い。
身体を支えてもらえる感覚がない。
次に何をされるか分からない。
自分の身体がどこにあるのか分かりにくい。
このような状態では、身体は筋緊張を高めて自分を守ろうとします。
本人は力を抜きたいと思っている。
でも、神経系は「今は力を抜かない方が安全だ」と判断している。
そう考えると、単純に「リラックスしてください」と伝えるだけでは難しい理由も見えてきます。
脱力には、単なる筋力低下ではなく、神経系による抑制や、安全だと感じられる条件が必要です。
もちろん、覚醒中の脱力と、REM睡眠中の筋無緊張は、同じ神経機構ではありません。
そこを一緒にしてはいけません。
それでもREM睡眠の筋抑制を知ることで、「力を抜く」という現象を、気持ちや根性の問題ではなく、神経制御として考えやすくなります。
作業療法士としては、この見方も面白いんですよね。

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REM睡眠中、身体は支持面に委ねられる
ここからは、作業療法士としての私の解釈です。
覚醒中、私たちは重力に対して身体を支えるために、無意識に筋活動を続けています。
立っているときだけではありません。
座っているときにも、少し姿勢が崩れれば、感覚情報を受け取り、筋活動を調整しています。
頭部が傾けば、頸部や体幹の筋肉が働きます。
身体が前へ倒れそうになれば、姿勢を戻すための反応が起こります。
私たちの身体は、起きている間、ずっと細かな姿勢調整を続けています。
しかしREM睡眠では、姿勢保持筋を中心とした筋緊張が著しく低下します。
つまりREM睡眠中の身体は、自分の筋活動によって姿勢を保持するよりも、マットレスや枕などの外部の支持面に身体を委ねる割合が大きくなると考えられます。
私はここに、睡眠環境を考える一つの意味があると思っています。
起きているときであれば、少し違和感のある姿勢でも、筋活動によって補正できる場合があります。
身体が傾けば、筋肉を働かせて姿勢を戻す。
頭が不安定なら、頸部の筋活動で支える。
圧が集中すれば、無意識に姿勢を変える。
しかし眠っている間、特にREM睡眠では、その能動的な姿勢制御が大きく抑えられます。
その時間、身体を支えているのは、自分の筋肉だけではありません。
寝具を含めた外部環境です。
こう考えると、寝具の役割も少し違って見えてきませんか?
もちろん、ここから、「特定の寝具を使えばREM睡眠が増える」「寝具によってREM睡眠の筋抑制が強くなる」と結論づけることはできません。
そのような因果関係を示す十分な研究は、現時点ではありません。
それでも、
筋活動が低下した身体を、外部環境がどのように支えているのか。
という視点は、睡眠環境を考えるうえで重要だと思います。
寝具は、ただ柔らかければよいわけではありません。
筋活動が低下している身体を長時間支えながら、特定の部位に負担を集中させず、呼吸を妨げず、寝返りなどの姿勢変化も許容する必要があります。
REM睡眠の筋抑制を知ると、寝具は単なる「気持ちよいもの」ではなく、眠っている身体にとっての支持基底面であることが見えてきます。
睡眠生理から寝具を見ていく。
こういう見方も、私はすごく面白いと思っています。
筋肉を抑えているのに、なぜ身体がぴくっと動くのか
REM睡眠中、手足や顔が一瞬ぴくっと動くことがあります。
眠っている赤ちゃんの指や足が、小さく動くことがありますよね。
これは、筋ツイッチや筋攣縮などと呼ばれる小さな筋収縮です。
REM睡眠には、比較的動きの少ない「トニックREM」と、急速眼球運動や筋ツイッチが多くみられる「フェイジックREM」という微細な状態の違いがあります[1]。
筋緊張が全体として低下していても、その背景で短い筋収縮が断続的に起こることは、REM睡眠の正常な特徴です。
全身の筋肉にブレーキがかかっているのに、一部の筋肉はぴくっと動く。
少し矛盾しているように見えませんか?
以前は、このぴくつきを「筋抑制から漏れ出た運動」とみる考え方もありました。
つまり、しっかり抑えきれずに出てしまった、意味のない動きではないかと考えられていたわけです。
しかし、特に発達期の動物研究では、この小さな動きにも意味があるのではないかと考えられています。
筋肉がぴくっと収縮すると、関節がわずかに動き、皮膚が引っ張られ、筋紡錘や関節受容器などから感覚情報が脳へ返ります。
この、自分の運動によって生まれる感覚情報を、再求心性情報、reafferenceといいます。
乳児期のラットを用いた研究では、REM睡眠中の筋ツイッチに伴って、脊髄、脳幹、小脳、大脳皮質などの感覚運動関連領域が活動することが示されています[4・5]。
覚醒中の大きな運動とは異なり、REM睡眠中の筋ツイッチは、全身の筋緊張が低い状態で、一つひとつが短く独立して起こります。
そのため脳にとっては、
- 今、どの筋肉が動いたのか
- その結果、どこから感覚が返ってきたのか
を識別しやすい可能性があります。
つまり、発達期の脳が、自分の身体の構造や、筋肉と関節の対応関係を学習する材料として、REM睡眠中の筋ツイッチを利用しているのではないか、という仮説です。
ここは、睡眠オタクな作業療法士として、本当に心が躍るところです。
身体を大きく動かしていない睡眠中にも、脳は小さな運動と感覚を使って、自分の身体を確かめているのかもしれない。
私たちが自分の手足の位置や、身体各部のつながりを把握できる背景には、身体図式や感覚運動地図があります。
REM睡眠中の小さな筋収縮が、発達期にその地図をつくる材料になっている可能性があるのです。
眠っている赤ちゃんの手足が、ときどきぴくっと動く。
あの小さな動きの背景で、脳が、
この筋肉が動くと、ここから感覚が返ってくるんだ。
と身体のつながりを学んでいるかもしれない。
そう考えると、すごく面白くないですか?
何気ない寝姿が、少し違って見えてきます。
ただし、ここには明確な限界があります。
強い研究結果が示されているのは、主に乳児期のラットなどを対象とした動物研究です。
成人の人間でも、筋ツイッチが身体図式の維持や運動学習、脳損傷後の機能回復に直接関わっているのかは、まだ分かっていません。
生涯にわたる感覚運動可塑性への関与は、とても興味深い仮説です。
ただ、現時点で断定はできません。
それでも、「睡眠中のぴくつきは、筋抑制の失敗であり、何の意味もない」とも言い切れません。
睡眠中の身体は、完全に停止しているわけではないんですよね。
筋抑制は、呼吸にとって諸刃の剣でもある
REM睡眠中でも、生命維持に必要な呼吸は続きます。
横隔膜は活動を続け、私たちは眠りながら息をしています。
しかし、すべての呼吸関連筋が、覚醒時と同じように働いているわけではありません。
REM睡眠では、舌や咽頭周囲を支える上気道拡張筋の活動が低下しやすくなります。
舌や軟口蓋、咽頭周囲の筋活動が低下すると、空気の通り道である上気道は狭くなりやすくなります。
もともと、次のような条件がある人では、REM睡眠中に閉塞性睡眠時無呼吸が目立つことがあります。
- 舌が大きい
- 下顎が小さい、または後方にある
- 首周囲に脂肪が多い
- 上気道が解剖学的に狭い
- 仰向けで気道が狭くなりやすい
研究では、閉塞性睡眠時無呼吸の呼吸イベントが、ノンREM睡眠よりREM睡眠で長くなる傾向も報告されています[6]。
背景には、REM睡眠中の咽頭筋活動の低下や、呼吸調節の変化などが関与すると考えられています。
ここから分かるのは、筋抑制は強ければ強いほどよいわけではないということです。
姿勢筋への運動出力を抑えながら、呼吸は続けなければならない。
夢の中の運動は、現実の身体へ出力しない。
でも、気道は開き続けなければならない。
REM睡眠は、身体を止める仕組みと、生命活動を続ける仕組みの絶妙なバランスで成り立っている。
私は、こう思っているんですよね。
全部止めてしまえば、呼吸ができない。
全部動かせる状態にしてしまえば、夢の中の運動が身体に現れる可能性がある。
必要なところは動かし、今は必要のないところは抑える。
本当にうまくできています。
こういうところを知ると、だから睡眠って面白いんですよね。
なお、睡眠時無呼吸がすべてREM睡眠で悪化するわけではありません。
ノンREM睡眠や仰向け姿勢で目立つ人もおり、病態には大きな個人差があります。
▼睡眠リハビリテーション▼

筋抑制が働かなくなるREM睡眠行動障害
REM睡眠中の筋抑制が正常に働かなくなる代表的な病態が、REM睡眠行動障害(RBD:REM sleep behavior disorder)です。
RBDでは、REM睡眠中にも筋活動が残る「REM sleep without atonia」が生じます。
その結果、夢の内容に合わせて、次のような行動が現れることがあります。
- 大声で叫ぶ
- 手を振り回す
- 殴る
- 蹴る
- 起き上がる
- ベッドから飛び出す
- ベッドから落ちる
本人だけでなく、隣で眠っている人が負傷する場合もあります。
RBDの診断には、症状の聞き取りだけでなく、筋電図と映像を含む終夜睡眠ポリグラフ検査によって、REM睡眠中の筋無緊張が失われていることを確認する必要があります[7・9]。
閉塞性睡眠時無呼吸、ノンREM睡眠時の睡眠時随伴症、周期性四肢運動、夜間てんかん発作などでも、似たような動きが現れることがあるためです。
特に中高年以降に発症する孤立性RBDは、パーキンソン病、レビー小体型認知症、多系統萎縮症などのαシヌクレイノパチーに先行することがあります。
睡眠検査で確認された孤立性RBD患者1,280人を追跡した多施設共同研究では、追跡12年時点の神経変性疾患への移行率が73.5%と推定されました[8]。
ただし、この数字の解釈には注意が必要です。
これは、専門施設でRBDと診断された患者集団のデータです。
「寝言を言ったことがある」「夢を見て足が一度動いた」「寝相が悪い」というだけで、同じリスクがあるわけではありません。
また、RBDは薬剤、ナルコレプシー、他の神経疾患などと関連して生じる場合もあります。
夢に合わせた動きがあったからといって、ただちに神経変性疾患があると判断することはできません。
一方で、次のような場合には、放置せず、睡眠医療または神経内科の専門機関へ相談する価値があります。
- 殴る、蹴るなどの激しい動きが繰り返される
- ベッドから落ちる
- 本人や家族が負傷している
- 以前にはなかった行動が中高年以降に出現した
- 動きが徐々に強くなっている
RBDでは、本人とベッドパートナーを負傷から守るために、ベッド周囲の危険物を除去する、床にクッションを置く、必要に応じて就寝場所を分けるなど、安全な睡眠環境を整えることも重要です[7]。
REM睡眠の筋抑制があることで、普段は夢と現実の身体が分けられています。
その仕組みが崩れたときに何が起こるのかを見ると、普段どれだけ精密な制御が働いているのかが、逆によく分かります。
病気の状態を知ることで、正常な仕組みのすごさが見えてくる。
これも、身体や睡眠を学ぶ面白さの一つだと思っています。
金縛りは、筋抑制が目覚めまで残った状態
REM睡眠の筋抑制を理解すると、いわゆる「金縛り」も説明しやすくなります。
睡眠麻痺では、意識が目覚め、周囲を認識しているにもかかわらず、身体を動かしたり、声を出したりできない状態が一時的に続きます。
これは、REM睡眠中の筋無緊張が、覚醒後まで少し残った状態と考えられています[10]。
RBDと睡眠麻痺は、ある意味で反対の現象です。
REM睡眠行動障害
夢の状態が続いているのに、身体が動いてしまう。
睡眠麻痺
意識は目覚めているのに、身体がまだ動かない。
この対比も面白いと思いませんか?
同じREM睡眠の筋抑制という仕組みでも、身体と意識の切り替わるタイミングがずれることで、まったく異なる現象として現れます。
つまり、問題になっているのは「眠っているか、起きているか」という単純な二択ではありません。
脳の覚醒、意識、夢、感覚、筋緊張は、いつも完全に同時に切り替わるとは限らないのです。
睡眠と覚醒の境界では、意識は目覚めているのに、運動系だけがREM睡眠の状態に残るといった「状態のずれ」が起こることがあります。
人間は、電気のスイッチのように、全部が一斉にオン・オフになるわけではありません。
少しずつ目覚める。
一部は眠ったまま、別の一部は先に起きる。
睡眠を知れば知るほど、脳と身体はもっと複雑で、もっと曖昧な境界を持っていることが分かります。

REM睡眠の筋抑制を知ると、睡眠を見る目が変わる
REM睡眠の筋抑制は、単なる「夢を見ている間の金縛り」ではありません。
脳幹から脊髄へ伸びる神経回路が働き、運動ニューロンへの抑制を強め、同時に興奮性入力を減らすことで成立する、非常に複雑な運動制御です。
その背景では、次のような働きが、それぞれ異なる動きをしています。
- 夢に関連する脳活動
- 骨格筋の筋緊張低下
- 急速眼球運動
- 小さな筋ツイッチ
- 呼吸筋活動
- 上気道筋活動
- 自律神経活動
身体全体が一斉に停止するわけでもありません。
脳全体が一斉に眠るわけでもありません。
必要な機能は残し、不要な運動を抑えながら、REM睡眠という状態を成立させています。
私は、REM睡眠の筋抑制を、単なる「麻痺」とは考えていません。
脳内の世界と、現実の身体を一時的に切り離すための、高度な運動制御。
そう考えています。
そして、筋緊張が大きく低下する時間だからこそ、身体は自分の筋肉だけでなく、寝具を含めた外部の支持環境に委ねられます。
その一方で、小さな筋ツイッチによって、脳は身体から感覚情報を受け取っている可能性があります。
動かす。
止める。
少しだけ動かす。
呼吸に必要な筋肉は働かせる。
夢の中の運動は、現実の身体へ出力しない。
REM睡眠中の身体は、何もしていないのではありません。
眠っている身体は、眠るための身体制御をしている。
私は、こう思っているんですよね。
睡眠とは、身体活動がなくなる時間ではありません。
覚醒中とは違う方法で、脳と身体の関係が組み替えられる時間です。
私たちは毎晩、何も知らないまま、これほど複雑な制御を受けながら眠っています。
昨日も、おそらく今日も、この神経回路が働きます。
夢の中でどれだけ動いても、現実の身体がベッドの上にいられるように。
呼吸を続けながら、身体を静かに休ませるために。
そう考えると、いつもの睡眠が少し違って見えてきませんか?
私は、睡眠を知れば知るほど、また次の疑問が出てきます。
眠っている身体は、ほかに何をしているのだろう。
なぜ、この仕組みが必要なのだろう。
脳と身体は、眠っている間に何をやり取りしているのだろう。
一つ分かると、また次の疑問が出てくる。
この終わりがない感じも含めて、やっぱり睡眠は面白いなと思います。

この記事を書いたのは
睡眠オタクな作業療法士 石垣貴康です。
睡眠を、ただ「眠るための方法」としてではなく、毎日の生活や心身の状態、そして人生を楽しむための土台として伝えたい。そんな想いで、この記事を書いています。
作業療法士としての臨床経験と、睡眠に関する研究や知識をもとに、難しい内容もできる限り生活に落とし込んでお届けします。
睡眠を知ることで、自分の身体や暮らしを少し大切にしたくなる。そんなきっかけになれば嬉しいです。
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睡眠の質を高めるために知っておきたい公的エビデンス
睡眠の質は「なんとなく良い・悪い」で判断するものではなく、科学的にも明確な指標や推奨が存在します。
例えば、厚生労働省では生活習慣や環境が睡眠に与える影響について詳しく解説されており、日中の活動量や光の使い方、就寝前の行動が睡眠の質を左右することが示されています( 厚生労働省 睡眠対策ページ)。
また、最新の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」では、適切な睡眠時間や生活リズムの整え方が具体的に示されており、特にスマートフォンの使用や夜間の光環境が睡眠に大きな影響を与えることが明記されています( 睡眠ガイド2023(厚生労働省))。
さらに、国立精神・神経医療研究センターのガイドラインでは、不眠や日中の眠気といった睡眠障害のメカニズムや対処法についても詳しく解説されており、医学的な視点からも睡眠の重要性が示されています( 睡眠障害ガイドライン(NCNP))。
国際的にも、WHO(世界保健機関)は睡眠を健康の重要な要素と位置づけ、身体活動や生活習慣と並ぶ「健康の柱」として推奨しています( WHO 睡眠に関するガイドライン)。
このように、睡眠は個人の感覚だけでなく、国内外の研究や公的機関によってその重要性が裏付けられています。
だからこそ「なんとなく」ではなく、根拠に基づいた習慣づくりが重要になります。
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参考文献
- Vetrivelan R, Bandaru SS. Neural control of REM sleep and motor atonia: current perspectives. Current Neurology and Neuroscience Reports.
- Luppi PH, Chancel A, Malcey J, et al. Which structure generates paradoxical(REM)sleep: The brainstem, the hypothalamus, the amygdala or the cortex? Sleep Medicine Reviews. 2024;74:101907.
- Brooks PL, Peever JH. Glycinergic and GABAA-mediated inhibition of somatic motoneurons does not mediate rapid eye movement sleep motor atonia. Journal of Neuroscience. 2008;28:3535-3545.
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