
この記事を書いたのは
睡眠オタクな作業療法士 石垣貴康です。
医療現場で延3万人以上の睡眠と身体の悩みに向き合い、「動きと休息のすゝめ」をベースに、現在は「Totonoe-整-」を運営しています。
国家資格である作業療法士として、姿勢や動作の専門知識をもとに、科学的かつ実践的な睡眠改善を提案しています。専門職の育成や技術指導にも携わっています。
ブログ以外にも、書籍出版や講演、教育機関での授業など、睡眠のことをお伝えしています。
本ブログでは、医学的根拠と臨床経験に基づいた“リアルに使える睡眠情報”を、誰にでもわかりやすく、かつ深掘りしてお届けしています。
先日、石井慎一郎先生の、体幹機能をテーマにしたオンラインセミナーに参加しました。
講義の中心は、直立二足歩行における体幹の役割や、腰椎・骨盤・股関節の運動連鎖についてです。
そのなかで、睡眠オタクな作業療法士である私が、特に興味を引かれたのが「呼吸」の話でした。
呼吸と聞くと、多くの方は、
- 酸素を取り込む
- 深呼吸をする
- 腹式呼吸を行う
- リラックスする
といったことを思い浮かべるのではないでしょうか。
しかし、今回の講義を聞きながら、改めて感じたことがあります。
呼吸は、ただ空気を吸って吐くための運動ではありません。
横隔膜や胸郭は、呼吸だけでなく、姿勢を保ち、手足を動かすための土台づくりにも関わっています。
今回は、石井先生の講義から学んだ内容を、私自身の理解を深めるためのメモとして整理します。
そして最後に、呼吸を睡眠や休息という「石垣の世界」へ勝手に落とし込んで考えてみます(石井先生、すみません)。

人間が立って歩くために、体幹は大きく変化した
石井先生の講義は、人間の進化と体幹構造の話から始まりました。
四足歩行を行う動物と、人間の体幹構造は同じではありません。
人間は直立二足歩行を獲得する過程で、
- 腰椎の前弯
- 縦に短い骨盤
- 前後径が短く、横に広い胸郭
という特徴を発達させてきました。
その目的の一つは、重い上半身の質量中心を股関節の上に配置することです。
上半身の重心が股関節より大きく前にあると、身体が前へ倒れないように、背中や股関節周囲の筋肉が常に強く働かなければなりません。
人間は体幹の形を変化させることで、上半身を股関節の上に置き、少ない負担で立ち、手足を自由に動かせるようになったということです。
ここで重要なのは、体幹が単なる「胴体」ではないことです。
体幹は、四肢を動かすための土台です。
腕や脚を動かす前に、まず体幹が安定していなければ、身体全体が揺れたり、どこかで代償したりします。
そして、この体幹の安定に呼吸が深く関わっています。

横隔膜には「二つの仕事」がある
今回の講義で、私が最も印象に残ったのが、横隔膜には二つの役割があるという話です。
一つは、もちろん呼吸です。
もう一つは、腹腔内圧を調整し、姿勢を安定させることです。
石井先生はこれを、
- 呼吸のためのドライブ
- 姿勢制御のためのドライブ
という二つの働きとして説明されていました。
横隔膜は、胸腔と腹腔を隔てるドーム状の筋肉です。
息を吸うと横隔膜が収縮して下方へ移動し、胸腔内の容積が広がります。その結果、肺の中へ空気が入ります。
しかし、横隔膜が下がると、その下にある腹部臓器も押されます。
このとき、腹横筋や腹斜筋群、背部の筋肉、骨盤底筋群などが協調することで、腹部内部の圧が調整されます。
これが腹腔内圧です。
腹腔内圧は、体幹を内側から支え、脊柱や骨盤を安定させる働きに関係します。
実際に、急速に腕を動かす課題では、腕を動かす筋肉よりも前に横隔膜が活動し、腹横筋とほぼ同時に腹部の圧を高めることが報告されています。つまり横隔膜は、手足を動かした後に反応するのではなく、動作の直前から体幹を準備しています。
横隔膜は、息を吸うだけの筋肉ではありません。
動く前に身体を整える筋肉でもあるのです。

手足を動かす前に、身体はすでに準備を始めている
コップを取ろうと手を伸ばす。
歩き出そうと脚を持ち上げる。
寝返りをしようと腕を動かす。
こうした動作では、目に見える手足の動きよりも前に、体幹の筋肉が働き始めます。
これを予測的姿勢調節、APAと呼びます。
手足が動けば、その反作用によって体幹には揺れや回転の力が加わります。
身体はその力が加わることを予測し、あらかじめ横隔膜や腹筋群、脊柱周囲筋などを働かせます。
そのため、安定した姿勢を保ちながら手足を動かすことができます。
横隔膜は、呼吸のリズムを維持しながら、動作によって生じる力に応じた活動も行います。反復する上肢運動中には、横隔膜が呼吸周期だけでなく、手足の動きに対応して活動することも確認されています。
つまり私たちは、呼吸をしながら体幹を安定させ、同時に手足を動かしています。
当たり前に行っている動作ですが、その内部では非常に複雑な調整が行われています。
▼よく読まれる記事▼

浅く速い呼吸では、身体を支える仕事が難しくなる
横隔膜は、呼吸と姿勢制御の両方を担っています。
では、息が浅く、呼吸数が多い状態ではどうなるのでしょうか。
講義では、換気の要求が大きくなると、横隔膜の働きが呼吸側へ引っ張られ、腹腔内圧を高める姿勢制御の役割を十分に果たしにくくなるという説明がありました。
横隔膜が換気のために忙しく働いていると、
- 動作前に体幹を準備しにくい
- 腕や脚を動かした瞬間に体幹が崩れる
- 動作中に息を止める
- 首や肩、腰などで代償する
といったことにつながる可能性があります。
実際に、呼吸の要求が高くなると、横隔膜の姿勢制御に関係する活動が低下することを示した研究もあります。横隔膜には複数の役割がありますが、どの働きにも無制限に対応できるわけではありません。
ここで注意したいのは、浅い呼吸が必ず姿勢の崩れを引き起こす、と単純に断定することではありません。
姿勢や動作は、筋力、関節可動域、痛み、神経機能、心理状態など、多くの要因から影響を受けます。
ただし、動作時の体幹が安定しない人を見たとき、筋力だけでなく、どのように呼吸しているかを見る価値はあります。

「腹式呼吸をすればよい」では足りない
呼吸を整える方法として、よく紹介されるのが腹式呼吸です。
しかし石井先生の講義では、胸郭が硬くなっている人に対し、お腹だけを前へ膨らませるような呼吸を行わせることへの注意が語られていました。
胸郭がほとんど動かず、お腹だけが大きく前へ出ている。
このような状態を見て、横隔膜が十分に働いていると判断することはできません。
横隔膜は、下に移動するだけではありません。
横隔膜の肋骨部は下位肋骨に付着しているため、適切に収縮すると下位胸郭の拡張にも関わります。
呼吸では、
- 上位胸郭が前上方へ広がる
- 下位肋骨が左右へ広がる
- 背中側の胸郭も広がる
- 横隔膜が上下する
という立体的な運動が起こります。
石井先生は、上位胸椎が強く屈曲し、上部胸郭が潰れている人では、まず上位肋骨や胸骨が広がる呼吸が必要だと説明されていました。
一方、下位胸郭の動きが乏しい場合には、お腹を前に出すのではなく、下位肋骨が横方向へ広がる呼吸を促します。
つまり、どのような人にも同じ腹式呼吸を行えばよいわけではありません。
大切なのは、
その人の胸郭のどこが動かず、どこで代償しているのか
を見極めることです。

睡眠講演随時受付中
上位胸郭と下位胸郭では、見るべき動きが異なる
胸郭は、胸椎、12対の肋骨、胸骨、肋軟骨によって構成されています。
呼吸時には、すべての肋骨が同じ方向へ動くわけではありません。
上位肋骨では、胸骨が前上方へ持ち上がるような動きが起こります。
この動きは、井戸のポンプの取っ手に似ているため、ポンプハンドル運動と呼ばれます。
主に胸郭の前後径を広げる動きです。
下位肋骨では、肋骨が左右へ持ち上がるような動きが起こります。
こちらはバケツの持ち手に似ているため、バケツハンドル運動と呼ばれ、主に胸郭の横径を広げます。
上位胸郭が潰れている人に対し、お腹だけを膨らませても、上位肋骨や胸骨の動きは十分に改善しない可能性があります。
反対に、上部胸郭ばかりを持ち上げる呼吸では、首の筋肉や肩周囲の筋肉に依存する場合があります。
したがって、呼吸を見る際には、
- 上位胸郭が前上方へ動くか
- 下位肋骨が左右へ広がるか
- 左右差がないか
- 背中側も膨らむか
- 肩を大きく持ち上げていないか
などを確認する必要があります。
単に「胸式呼吸か腹式呼吸か」に分けるより、胸郭のどの部分がどの方向に動いているかを見る方が、身体の状態を理解しやすくなります。
▼よく読まれる記事▼
深く吸えない人は、吐けていないのかもしれない
呼吸が浅いと感じると、多くの人はもっと大きく吸おうとします。
しかし、石井先生の講義で強調されていたのは、吸うことだけではなく、息をしっかり吐くことです。
吸気では、横隔膜が収縮して下降します。
呼気では、横隔膜が弛緩し、上方へ戻ります。
安静時の呼気は、肺や胸郭が元に戻ろうとする弾性によって、基本的には受動的に起こります。
一方、意識的に長く吐いたり、強く吐いたりするときには、
- 腹横筋
- 内腹斜筋
- 外腹斜筋
- 腹直筋
などの腹筋群が働きます。
腹筋群が収縮すると腹部内部の圧が変化し、横隔膜が上方へ戻ることを助けます。
石井先生の講義では、上位胸郭の位置を保ちながら息を長く吐き、腹筋群の収縮によって横隔膜を上方へ戻す練習が紹介されていました。
吐くことが不十分なまま、次の息を大きく吸おうとしても、横隔膜の動く余地が小さくなっている可能性があります。
だからこそ、
深く吸う前に、静かに長く吐けるかを見る。
この視点は、呼吸を考えるうえで非常に大切だと感じました。

息を止めれば安定する。しかし、それでよいのか
重い物を持つときや、強く力を入れるとき、私たちは無意識に息を止めることがあります。
息を止め、腹部を強く固めることで、一時的に体幹の剛性を高めることはできます。
しかし、日常生活の多くは、息を止めたまま行うことができません。
私たちは呼吸を続けながら、
- 立ち上がる
- 歩く
- 手を伸ばす
- 荷物を運ぶ
- 階段を上る
- 会話する
必要があります。
呼吸を止めなければ身体を支えられないのであれば、体幹は安定しているように見えても、呼吸と動作を両立できているとはいえません。
石井先生の講義でも、横隔膜や胸郭の動きを整えた後は、呼吸を止めずに多裂筋や腹筋群を働かせる練習へ移行することが示されていました。
話しながら体幹を保つ。
呼吸しながら手足を動かす。
腹部を固めすぎず、必要な安定性を保つ。
呼吸トレーニングは、寝た姿勢で深呼吸ができれば終わりではありません。
呼吸を保ちながら動ける状態までつながって、初めて日常生活の能力になります。

呼吸だけを見るのではなく、身体全体のつながりを見る
今回の講義全体を通じて示されていたのは、症状が出ている場所だけを見てはいけないということでした。
膝が痛いから膝だけを見る。
腰が痛いから腰だけを見る。
息が浅いから肺だけを見る。
身体は、そこまで単純ではありません。
胸郭の動きが失われれば、横隔膜の働き方も変わります。
横隔膜と腹筋群の協調が崩れれば、腹腔内圧の調整にも影響します。
体幹が準備できなければ、手足を動かしたときに首、肩、腰、股関節などで代償するかもしれません。
講義では、問題の出発点を「ドライバー」、その影響を受けて症状が現れている場所を「リアクター」として捉えていました。
呼吸についても同じです。
呼吸が浅く見えることは結果であり、その背景には、
- 胸椎の屈曲
- 肋骨の可動性低下
- 骨盤との位置関係
- 腹筋群の働き
- 痛み
- 過度な筋緊張
- 呼吸器や循環器の問題
などが隠れている可能性があります。
呼吸法だけを教えるのではなく、なぜその呼吸になっているのかを考える。
それがリハビリテーションとして呼吸を見る意味なのだと思います。
\最新の記事3つ/
ここから、私が睡眠の視点で考えたこと
ここまでは、石井先生の講義から学んだことを、私なりに整理してきました。
ここからは、呼吸を睡眠と休息の視点へ落とし込んで考えてみます。
今回の講義を聞きながら、私は、
呼吸は休むための方法である前に、動くための準備なのだ
と感じました。
横隔膜は、呼吸をしながら体幹を支えています。
日中に安定して立つことも、歩くことも、手を伸ばすことも、呼吸と姿勢制御の両立によって成り立っています。
しかし、日中ずっと浅く速い呼吸を続け、動くたびに息を止め、首や肩、腰を固めて身体を支えていたらどうでしょうか。
身体は、一日中「頑張って動くこと」を要求されます。
夜になってベッドへ入り、
「さあ、今から力を抜いて休みましょう」
と言われても、身体は簡単には切り替わらないかもしれません。
私は、良い睡眠は夜だけでつくられるものではないと考えています。
日中にどのように呼吸し、どのように身体を支え、どのように動き、どのように力を抜いたのか。
その積み重ねが、夜の休息につながります。
もちろん、呼吸を整えれば不眠症が治る、という単純な話ではありません。
睡眠には、体内時計、睡眠圧、光、生活習慣、心理状態、病気、薬、寝室環境など、多くの要因が関係します。
それでも、身体が力を入れることと、抜くことの両方を行える状態は、休息を考えるうえで無視できません。
呼吸は、その切り替えを身体の内側から支えるリズムの一つなのだと思います。
▼睡眠リハビリテーション▼

呼吸は、動きと休息をつなぐ
呼吸は、単に酸素を取り込むためだけのものではありません。
横隔膜が動き、胸郭が広がり、腹部の圧が調整されることで、呼吸は姿勢や動作を支えています。
お腹を膨らませるだけでは、本当に必要な呼吸になっていないこともあります。
大切なのは、
- 胸郭が立体的に動くこと
- 横隔膜が上下できること
- しっかり吐けること
- 呼吸を止めずに身体を動かせること
- 必要なときに力を入れ、必要がなくなれば抜けること
です。
今回、石井先生の講義から、横隔膜を「呼吸筋」としてだけでなく、「動く身体を準備する筋肉」として見る視点を学びました。
そして私自身は、その視点を睡眠にもつなげていきたいと思います。
良い睡眠は、眠る瞬間から始まるのではありません。
日中、どのように呼吸し、どのように動き、どのように身体を休ませてきたのか。
呼吸は、動きと休息をつなぐ、身体のリズムなのだと思います。
「これ、自分だけじゃないかも」と感じたら、同じように悩んでいる人にもシェアしてあげてください。
\過去の講演情報など/

睡眠の質を高めるために知っておきたい公的エビデンス
睡眠の質は「なんとなく良い・悪い」で判断するものではなく、科学的にも明確な指標や推奨が存在します。
例えば、厚生労働省では生活習慣や環境が睡眠に与える影響について詳しく解説されており、日中の活動量や光の使い方、就寝前の行動が睡眠の質を左右することが示されています( 厚生労働省 睡眠対策ページ)。
また、最新の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」では、適切な睡眠時間や生活リズムの整え方が具体的に示されており、特にスマートフォンの使用や夜間の光環境が睡眠に大きな影響を与えることが明記されています( 睡眠ガイド2023(厚生労働省))。
さらに、国立精神・神経医療研究センターのガイドラインでは、不眠や日中の眠気といった睡眠障害のメカニズムや対処法についても詳しく解説されており、医学的な視点からも睡眠の重要性が示されています( 睡眠障害ガイドライン(NCNP))。
国際的にも、WHO(世界保健機関)は睡眠を健康の重要な要素と位置づけ、身体活動や生活習慣と並ぶ「健康の柱」として推奨しています( WHO 睡眠に関するガイドライン)。
このように、睡眠は個人の感覚だけでなく、国内外の研究や公的機関によってその重要性が裏付けられています。
だからこそ「なんとなく」ではなく、根拠に基づいた習慣づくりが重要になります。
▼よく読まれる記事3▼
▼気になるワードを入れて記事を検索▼



